教育の目的は社会のためじゃないと思うから

2005年3月8日 23時16分 | カテゴリー: 杉並と東京都の教育と教科書問題

一般質問から②

教育に関連して、昨年は2度議会質問でとりあげました。9月の定例会では、区が示した基本計画・実施計画「すぎなみ五つ星プラン」素案の内容から、また11月の第4定例会では、政策ゼミの学生と議論して練った「地域でつくる新しい学校」の提案を、ゼミの総仕上げとして質問しました。

そして今回は、区長が大きく打ち出している「教育立区」構想とその具体的な施策について触れました。予算編成方針で、これまでの教育が「個」を尊重するあまりに「放任へと傾き」、ひいては「学力にも影響している」ように述べられていることや、地域や国への誇りと愛着の希薄化によって子どもたちが「自分自身をも見失って」いる、と書かれた部分には疑問がありましたから。

また、先日策定された区の「教育ビジョン」で、育てたい・こうありたい人間像が描かれていることにも異論を述べました。子どもは社会のためにあるのでも、社会に役立つことを目的に教育がなされるのでもないと思うからです。

そのことは、教育の目的を「人格の完成をめざし」と書き起こしている教育基本法を見ても明らかです。教育を受けた結果として「何かのために」「誰かのために」生きることはもちろんあるでしょうが、それを目的にするものではないと思います。

区独自の教師養成機関として設立される「師範塾」がどんなに優れた教師を生み出したとしても、学校の主役はあくまで子どもであって、子どもを幸福にしない教師は最良とは言えない、ということも当然ですが確認しました。

4月からスタートする小・中一貫教育に関して、当該の学校関係者や地域住民から不安や疑問の声が出されていることについては、計画の早い段階での情報公開や、住民の決定への参画が図れるしくみを求めました。

(写真は生活展でお肌のチェック)