教科書は生徒のものではなかったの?

2005年7月28日 13時07分 | カテゴリー: 杉並と東京都の教育と教科書問題

都立中高一貫校の教科書問題を考える③

なんというあっけなさだったか。8月末と言われていた東京都教育委員会の教科書採択が1ヵ月も繰り上げて7月28日に行なわれ、都立中高一貫4校すべてに扶桑社の歴史教科書が選ばれてしまいました。都立ろう・養護学校も歴史と公民は全部、扶桑社です。

白鴎、両国、小石川、都立大附属の都立4高校の卒業生が合同で都教委に要請を行ない、都庁記者クラブで会見を行なったのが25日。その3日後にはもう、このような結果になってしまい、だまされたような思いでいっぱいです。

25日に会った教育情報課長は「28日に採択が行なわれるという情報があるが」と聞くと、「採択があるとすれば、2日前の明日(26日)に告示されるから(そのときにわかる)」という返事。まるで他人事のような言い方でしたが、そのときにはもう、こういう結末になるのを知っていたに違いないのです。

でも「こういう結末になるのを知っていた」のは実は私も「白鴎有志の会」もです。昨年「つくる会」がはいってしまった以上、いくら声を上げてもあの都教委ではひっくり返ることはないと思っていました。ただ、黙って見ていることができなかったから、何もしないでいてあとで後悔したくないから、発言してきました。

どう考えてもこの採択には納得のいかないことが多すぎます。そもそもあの内容で検定を通ったのが不思議だし、ルールを犯して事前配布したり、大物政治家が推薦しているような言動があったり、採択手続き上も扶桑社に都合のいいようにお膳立てされたとしか思えない、不自然なことだらけです。

つまり、この学校にふさわしいからとか、中学生の学ぶ力を伸ばすためとかではなく、「政治的な駆け引きの道具として」この教科書が押し付けられた、と見るのが正しいのではないか。

教科書って、誰のためのものなのでしょう。生徒のものではなかったの?