『歌わせたい男たち』と「歌わない男」、強制の不条理

2008年3月18日 08時48分 | カテゴリー: 映画・オペラ・おたのしみ

おかしくて やがて切なくシャンソンは流れる

この芝居の再演をどんなに待っていたことか。初演で高く評価され、朝日舞台芸術賞と読売演劇大賞の最優秀賞を受けたことをこのHPにも書き、区議会の質問の中にも採り入れたのに、実際の舞台は観ていなかったのですから!

今回再演されると知って、議会が閉会した後の楽しみにとチケットを買っておきました。予算委員会を含む長い第1回定例会が先週ようやく終っていくらかほっとしたところで、新宿の紀伊国屋ホールに出かけました。思ったとおり満席です。

舞台は簡素で仕掛けなどないのですが、おもしろいと思ったのは舞台上の時間と現実の時間がまったく同じなこと。セットの保健室の壁時計で7時55分から始まり9時45分、10時の卒業式開始直前までの1時間50分がこの芝居の時間のすべてであり、観客にとっても同じ1時間50分という設定になっています。何気ないようでいて、なかなか巧みなつくりだと思います。

この間ずっと舞台に出ずっぱりの、新米音楽教師役の戸田恵子の、なんとチャーミングなこと。人がよくてノンポリ・無関心だった元クラブ歌手が、この1時間50分の間に「歌わせたい男」と「歌うまいとする男」双方の苦悩を知って、保健室で歌うシャンソンが『聞かせてよ愛の言葉を』という、その心憎いこと。

歌わせたい校長も不起立を貫こうとする社会科教師も、真面目であればあるほどこっけいなので、全編おかしくて笑いっぱなしなのですが、最後に彼女がシャンソンを歌い、その間に社会科教師が小さな置き土産をして出て行き、ひとり残される場面の切なさが、君が代強制という不条理の現実を思い知らせます。

今週、杉並区では区立中学の卒業式があります。私も参列するつもりですが、「斉唱」の40秒間、苦渋の時間を、今年は気持ちに余裕をもって何とかやりすごせればなあと思っているところです。よくぞこの時期に再演してくれたものです。