なくしていいのかPTA 和田中の改革ここまで

2008年3月24日 08時15分 | カテゴリー: 杉並と東京都の教育と教科書問題

親を成長させる装置なのに

私がPTAにかかわることになったのは、息子が1年生になって最初の保護者会で、早く家に帰りたかったからです。乳飲み子の三男を人に預けて出てきたのに、「委員が決まらないと皆さんは帰れません」などと男性の担任が絶望的なことを言うので、一刻も早くその場を去りたいばっかりに、自分から手を上げました。

なんとしても役から逃れよう、絶対に受けるまい、という思惑が大勢を占める重苦しい空気から開放されて、楽になったと思いました。あんがい面白いかもしれないんだし、と。人からは「赤ちゃんがいるのになんでぇ?」と驚かれましたが。

で、それ以来のPTA活動は、面白いというのかひどいというのか、とにかく私にとって貴重な体験でした。自由と民主主義の反面教師として、不条理で前例踏襲・付和雷同主義の世の中の縮図として、あれほど適切な学校はなかった。

それは本当に強烈な体験で、封建時代のような変てこな組織を改革しなきゃと情熱に燃えていたのに、3年後に家族で米国に行くことになってしまい残念でした。だから現地の公立校でも日本人家族の代表でPTAにかかわりました。

米国は日本にPTAを押し付けた(?)元祖だからさぞ民主的な運営がされているかと思えばたいしたことなくて、やっぱり役員はなり手がなく、活動といえば学校に寄付するためのバザーや行事の手伝いぐらいで拍子抜けだったのですが。

杉並区に住むようになって、教育問題に限らずいろいろな社会の問題に取り組む市民活動を実践する女性と出会い、その人たちの多くが子どもの学校のPTA活動経験者だということを知るにつけ、私の場合とは逆の意味で、「やっぱりPTAって親を成長させる貴重な装置なんだ!」と改めて感じてきました。

それなのに、和田中ではPTAを「地域本部の一部」に組織改変、実質的には廃止するのだと、新聞各紙が報じています。PTA運営委員会で承認され学校運営協議会で報告された、と記事にはあります。改革をPの側から提案するならまだしも、どうもそうではないようです。それが問題だと思います。

写真 風にゆれるミモザ 3/22 西荻北4丁目H家