まちの安心をどうつくる

2008年4月12日 10時34分 | カテゴリー: 憲法・平和・社会

コミュニケーションの機会を多様に

機関紙『ネットすぎなみ』の最新号が刷り上ったので、これを購読者に届けながらいろいろなお話しをしています。地域の課題を見つけ活動のヒントが得られるいい機会だからです。そんななかで最近気になるのは、まちの安全についてです。

正確に言うと、自分が住むまちの安全について不安に思っている人が多い、ということ。商店街よりも閑静な住宅街に住んでいる人のほうが、昼は空き巣やひったくりにあうのを恐れ、夜は人通りがない、街路が暗いと不安を訴えます。

確かに白昼も夜間も通り魔に遭遇する確率はゼロではないでしょうが、必要以上に不安を募らせているように私には思えます。人が近づくと感知して点灯するセンサーライトや監視カメラを設置する個人住宅も珍しくなくなりました。

ある人の家もそういう万全の備えを整えているのですが、夜の街路灯をもっと明るくしてほしい、いまのままでは物騒だ、とおっしゃるのです。でも問題は、街路灯がこうこうと道路を照らしていれば安全度や安心感が増すのか、ということです。

現に、明るい昼間でもその人は安全とは感じていないのです。また別の人は、自宅の前で昼間引ったくりにあったことがあり、大声で助けを求めたが誰ひとり出てきてくれなかった、だから人の助けはもうあてにしない、と言う。

話は変わりますが4月からごみの出し方が変わり、まちを歩いているとごみ集積所でご近所同士が立ち話をしているのをよく見かけるようになりました。他の人のごみの出し方を講評したり、情報を確認しあったりしているのです。

ごみがコミュニケーションのきっかけをつくっていることになります。「あいさつ運動」のように強制のにおいがするものは苦手ですが、自然な形でご近所同士の会話の機会がふえれば、地域の安心感は確実に増すはずです。

そしてその機会が多様であればあるほど、災害時にも役立つに違いありません。

写真 南阿佐ヶ谷、中杉通りの新緑のケヤキ 4/11