小松久子のこれまでの歩み④ ~ニューヨークで考えさせられた原発事故~

2013年6月12日 06時43分 | カテゴリー: 核・放射能・エネルギー, 活動報告, 食と農業

3人の息子と小松久子 ニューヨーク州ハリソン 25年前

日本からニューヨークに持参した荷物の中に「手作りみそセット」がありました。たいていの日本食材は現地でも手に入るのですが、みそ作りをやってみたら楽しい。おいしい。はまりました。冷凍の麹や中国産の大豆など現地で調達できる材料をいろいろ試しているうちに、麹も自分で作ってみることにしました。

 日本から麹菌を取り寄せ、蒸したコメにまぶして発酵を促すとそれらしい香りが立ち始めました。あんがい簡単にできたので、それなら「醤油」もできるはず、と挑戦しました。ところが仕込んでから丸1年、毎日かきまぜないといけないので、放っておける「みそ」とは大違い。果たして出来上がったのは、醤油というよりナンプラーのような、不思議にクセのある、しかし味わい深いシロモノ。

 豆腐づくりはもちろん、ヨーグルトを使って「どぶろく」も作ったし、納豆づくり、ぶどうの皮を使って発酵させたパンづくりにもトライしました。「どぶろく」はけっこう、それなりにできましたが納豆とパンは失敗。しかし失敗も楽しいのが手づくりというものです。

 米国に暮らしてわかった当地の食生活の貧困さは衝撃で、マカロニにとろけるチーズをまぶしたインスタント食品とコーラが夕飯だったりします。息子が友だちの家でごちそうになった夕飯がそれでした。日本の食卓の豊かさを再発見した思いでした。

 チェルノブイリ事故の影響を考えさせられたのは、食べものを通してでした。スーパーのワゴンに山積みされたイタリア産パスタ、ベルギー産チョコレート、デンマーク産クッキーが通常の半額から5分の1という安値で売られていたのです。事故から1年半以上たっていました。

 なぜそんなに安いのか説明はどこにもなし。でも原発事故の影響で放射能汚染されたものに違いない。そうとしか思えませんでした。日本では、港に着いた船荷から消費者団体が食料品を抜き出して放射能を測定し、汚染食品の上陸を拒否している、という記事を日本の情報誌で読んでいたので、それがニューヨークに巡って来たのだろうか、とも想像しました。

 見ているとその特売品を買う人はなかったので、「安ければ何でもいいというわけではないんだ」と少し米国人を見直しました。ただそのときの私は、売れ残ったものがどこへ行くのか、安値で買い叩かれたヨーロッパの農家はどうなるのか、などその背景については、ぼんやりと考えたにすぎませんでした。