「夜間塾」は子どもをハッピーにするか

2008年2月27日 16時34分 | カテゴリー: 杉並と東京都の教育と教科書問題

第1回定例会の一般質問より ④

和田中「夜間塾」のメディア報道に関連して。実に多くのメディアが、さまざまな視点からとりあげるなかでテレビ各局も報道しましたが、生徒の顔が大写しで、コメントが求められて放映されていたことには驚きを禁じえませんでした。区は「了解を得て放映しているものと理解している」と言いましたが、私はいまでも個人が特定できないような配慮がされるべきではなかったのか、と考えています。

そして公教育を考える視点から。都教育委員会が「指導・助言」として実施の再考を求めてきたことは、区の自治権を侵すという意味で問題があるものの、そこで示した3つの疑義は、耳を傾けるべき内容がある、とも思います。

すなわち、①義務教育の機会均等、②公立施設を営利目的で利用する点、③教師が教材開発に関与する点、への疑義です。都教委はその後「生徒の学力向上という公共の利益のためのものであることが明確となった」ことなどをあげて容認の姿勢に転じましたが、一部の生徒の学力向上を「公共の利益」とするなどは異論のあるところです。

この取り組みは一方で、意欲的な試みとして賛同を得、期待を持って受け止められていることもまた、事実です。歓迎される背景には、公立の学校が生徒一人ひとりの能力を生かせないでいることの問題があると指摘されています。

それが確かにあるとして、しかしその解決策が進学塾なのか、という点に私はまだ納得できません。進学塾である限り、最終目標は1年後の高校受験で成果を上げることでしょう。これだけ特別の扱いを受けて注目を浴びた受講生たちのプレッシャーはふつう以上に大きくなって当然と考えます。

公立の学校においては、受験技術の獲得に力をいれることより、教育基本法にあるような人格の形成をめざすことが目的であるはずです。公教育はどうあったらよいのか、これを機会に議論を深めることが必要ではないのでしょうか。

以上が質問したことの概要ですが、いまあらためて、「夜間塾」は和田中の子どもをハッピーにするんだろうか、と考えています。また、本来学校で自治・分権が尊重されるのは望ましいことなのに、和田中のケースが区の監視や指導強化を促す結果を招くのだとしたら、残念なことだと思います。

写真 区役所2階ロビーで 2/25