認知症のひとの心を感じること

ロールプレイを通して接し方を学ぶ

ロールプレイで「当事者を不安にさせるダメなケア者」の役を
ロールプレイで「当事者を不安にさせるダメなケア者」の役を
認知症のことを少し前まで「老人性痴呆症」と呼んでいたのはひどい用語だったなあと思います。「認知症」という言葉が、高齢者の増えるに従って「認知」されるようにはなりました。病気だということも知られています。でも当事者の気持ちがわかるかというと、それはまだまだだと思います。

地域協議会の主催で12月18日に開かれた学習会は、認知症模擬演技者(SPSD)のロールプレイをとおして認知症の人への接し方を学ぼう、というもの。SPSDとして参加したふたりは、ある設定での認知症患者の役を、ケア者役を相手に「まるで認知症が乗り移ったように」即興で演じます。

ケア者役は会場の参加者に充てられます。そしてあとでそのケアを受けたときの(認知症の人としての)気持ちを、ファシリテーターの香丸さんの誘導でSPSDが解説し、それで認知症の人が求めていたケアはどんなものだったのかがわかるようになっています。

ケア者役を演じた人にも参加者にも「自分だったら」と考えさせる、とても優れたプログラムだと思いました。

先ごろ亡くなった俳優、森繁久彌の『恍惚の人』という映画がありました。有吉佐和子の小説が原作で、高齢者問題が注目されるきっかけになったと記憶しています。でも認知症でも感情は豊かで感覚も鈍くはなく、恍惚の人、というのはあたらないと今なら思います。 

余談ですが、2年前に亡くなった父は晩年、認知症の様相を見せましたがある行事を主催するという任務を抱えた一時期、まるで奇跡のように「回復」してそれを遂行し、私たち家族を驚かせました。役目を終えると体調を崩し数か月で逝ったのですが、たとえ認知症が始まっていても、「生きがい」が人に生命力を与えることを目の当たりにしました。

認知症が進行してゆく家族を介護する人はたいへんです。でも当人の心を感じようとする意志を忘れなければ、そのつらさはずいぶん軽減されるものだと思います。