原発労働者の真実に迫る 『臨界幻想2011』

青年劇場の30年ぶり再演の芝居をみる

区議会の控室にある日、青年劇場の制作担当という珍しい人が訪れて演劇のチラシを置いて行きました。廃墟の未来都市のようなイラスト、宣伝文やタイトルからして原発問題を扱った作品とわかり、ぜひ観たいと思いました。

それがこの芝居。5月22日に新宿のサザンシアターでみてきました。1981年に初演し82年に全国を巡演した『臨界幻想』に昨年の福島原発事故後の視点を加えた、劇作家ふじたあさや氏の力作です。

舞台は人口7,000人規模の貧しい地方都市。憧れて原発の仕事に就いた若者が26歳で亡くなるところから物語は始まります。死因は心筋梗塞とされますが、あるきっかけでそれに疑問を抱いた母親が真相を突き止めようとする。

彼女が究明に動くと、雇用主の親会社から「ほんの気もち」、実は口止め料の大金の包みが届けられたり、父親が「この町にいられなくなるから」やめろと説得にかかったり、病院の医師から疎まれたり、周辺の者が何者かに襲われたりします。

その一方で、看護師が匿名で死因の真実を伝える電話をかけてきたり、息子の元恋人から重大な情報がもたらされたり。元恋人は、身ごもった胎児が奇形児かもしれないから産むなと息子に言われ堕胎したことを打ち明けるのです。

高い放射線下でいっしょに作業した労働者は、廃坑となった福岡から出稼ぎに来た元杭夫でした。彼の口から、自分は原発の定期点検の仕事を求めて原発を渡り歩く「原発ジプシー」だと語られます。

初演当時はスリーマイル原発事故の2年後。チェルノブイリ事故もおきていませんでした。でも原発労働者の真実に迫ることで、原発がどんなに人の命を軽んじた装置か、力強く訴えてきます。原発事故は「想定されていた」。にもかかわらず30年後に事故が起きてしまった悔しさがあっての、この上演なのだと思います。

ラストの場面は見ていて息苦しくいたたまれないほどでした。場内が明るくなったとき、映像作家の熊谷博子さんにお会いしました。そういえば熊谷さんの新著は『むかし原発 いま炭鉱』。仲間が買って事務所にあるのでした。読んでみようと思います。