ですがもう1回だけオペラのこと、アルバン・ベルクの『ルル』のことを書いておかねばなりません。何しろ貴重な体験だったもので。
ドイツの劇作家ヴェーデキントの戯曲をもとにベルクが台本も書いたこのオペラは、ルルという若い踊り子が自分に言い寄る男を次から次へと破滅させ自分も夫殺しの罪で収監されるが脱獄し、流転ののち売春婦となって最後は客に刺殺される——という反社会的・退廃的な筋で、原作の芝居はときの政権ナチスが上演を禁じたといいます。
またベルクの音楽はモーツァルトのように親しみやすいメロディーなど一片もなく、耳に心地よいハーモニーを排して人間の本質、魔性をえぐり出すような音の重なりはときに不快感を催すほどです。
でも、20世紀オペラの傑作でありながら上演の機会が少ないのは演奏が難しくて歌い手がそんなにいないからだとか、観客に人気がない演目だからだとするのは、音楽家に対しても観客に対しても失礼だと思うのです。
21世紀にいる私たちはもっと「前衛的」「非音楽的」な音楽をも鑑賞できる経験を積んできているし、その力も培ってきている。観客が求めないと思いこんだ制作者が上演しようとしないからではないか、と思います。
ただやはり、このオペラは主役を「選ぶ」演目には違いありません。ルル役は難曲を歌いこなす歌唱力に加えて演技力も必須のうえ容姿も魅力的でなければ務まらず、その意味でも今回フランスのソプラノ、パトリシア・プティボンが演じるというので一番楽しみにしていたプログラムでした。
プティボンの赤い髪によく合う白い衣装を多用したルルは愛らしく、反道徳性の根幹にある無垢な少女の部分が強調されて、物語の悲劇性を際立たせていたように思います。
願わくはもっといろんな『ルル』を私たちが鑑賞できるよう、この財産を埋もれさせてしまわないよう、オペラ制作者は上演に挑戦してほしいなあ。