そのベッリーニの最高傑作といわれているオペラが『ノルマ』で、紀元前のローマ時代が舞台の悲劇です。ローマの圧政下にある地方の民衆を巫女であるノルマが「神のお告げ」で対ローマの戦争に立ち上がらせる、その時代状況を背景に男女の三角関係がからむ、というストーリー。
というとおもしろそうですがオペラとして上演されることは多くなく、私もずいぶん前に一度みたことがあるだけで、マリア・カラスのCDを聴いて知っている程度です。事実、ノルマは20世紀最高ソプラノのカラスの当たり役です。
9日に聴いたのはエディータ・グルベローヴァがコンサート形式で歌うもの。
グルベローヴァといえば、正確無比な音程と天才的・超絶的な技巧を駆使して装飾音を歌いこなすコロラトゥーラ・ソプラノのイメージが強く、一方「ノルマ」は力ずくで役をねじ伏せるようなカラスの印象が強すぎて、あまりに違うのでどうなんだろう、歌手と役が合うんだろうか、と思っていました。
ところが果たして、予想は大外れ。ベッリーニはこの人のためにノルマを創作したのではと思うくらい、衣装も装置もないステージながら、彼女はみごとにノルマという女性の陰影を歌で描き出していました。
ただ軽めの歌唱のときに音程が不安定になることがあり、最盛期の彼女ならありえなかったでしょうが、そのかわりに苦悩するヒロインの細やかな感情の動きや揺れが、緩急自在に表現しつくされていたと思います。
今年63歳のソプラノ歌手にとって、この役を歌うのは並大抵のことではないはずです。想像を絶するような節制とトレーニング、自己管理、猛勉強と努力を重ねてきたに違いありません。
そんなことを想い、この日の『ノルマ』は私にとって、ベッリーニを見直しグルベローヴァという人に驚嘆した事件でした。