ドン・ジョヴァンニよ、地に堕ちるまでは誇り高くあれ

ザルツブルクにて②

モーツァルトのオペラの中で一番好きなのは「ドン・ジョバンニ」です。だからこれまでいろんな「ドン・ジョバンニ」(DG)を観てきましたが、今年の新演出ほど変わっているのは初めてです。

演奏のテンポがやたら速いのは、生き急ぐ若者たちの暴走の表現ともとれるので、いいことにします。17世紀の話を現代に置き換えるのもよくあること。ただ舞台のセットを人里離れた山中の雑木林にしたのは、意図がわからない。

林といっても、下草も生えていないむき出しの土に高木と石ころだらけの荒涼としたところに、DGは従者のレポレッロと野営しているようなのです。本来は一城をかまえた貴族なのですが、かつての栄華みる影もなく没落したということなのでしょうか。

「希代の女たらし」の設定だけはそのままで、次つぎに女性を誘惑するのですが、あれではどう見ても路上生活者。しかも麻薬を打ったり、大麻(?)を回しのみしたりする場面まであり、ピストルが小道具として何度も使われるのも私には必要と思えません。

DGは女を獲物としか見ない、悪のかたまりのような男でありながら、女性を夢中にさせずにはおかない魔の魅力がなければならず、誇り高くりりしく、しかしキザが鼻につかない「いい男」でなければなりません。絶対に。

また終幕でDGが地獄へ落ちたあと、ふつうは一瞬の暗転後、パッと明転して、一同による能天気な6重唱があり、この場面をどのように見せてくれるのかは観客にとって楽しみの一つなのですが、今回はそれはなし。DGが墓穴におちたところで終ってしまいました。

歌手陣の歌唱がいずれもとびきり良かっただけに、モーツァルトの音楽がいきるような舞台が観たかった。若者の荒廃を描くのは別の機会にしてほしい — と考える私に、見る目がないのかもしれませんが。

写真「パパゲーノの像」に話しかける