フランス発のフェミニズムオペラ『アリアーヌと青ひげ』

パリ国立歌劇場の来日公演を観る

フランスオペラには、イタリアオペラにはない、えもいわれぬ「薫り」があります。明らかにドイツオペラとも違う。グノーの『ファウスト』にしろドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』にしろ、音楽に匂いがある、としかいえない何かがあると思います。

パリ国立オペラ公演のチケットを買うとき、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』でも『青ひげ公の城』でもなく『アリアーヌと青ひげ』を選んだのは、このデュカスのオペラが上演されるのはとても珍しいから。それもそのはず、日本初演だそうです。

オペラの原作、メーテルランク(『青い鳥』で知られるメーテルリンクは今こう呼ばれる)の戯曲の下敷きでペローの童話にもなっている「青ひげ伝説」は、15世紀フランスが発祥のようです。同じ青ひげでもバルトーク作曲の『青ひげ公の城』のほうがオペラとしては有名で、こちらは時たま上演されます。

「青ひげ」というのは5人も6人もの妻を次つぎと殺して遺体を隠しておく男なので、デュカスのオペラもホラー仕立てかと思っていたら、全然違う。こちらの「青ひげ」は5人の妻が生きていて、6番目の妻アリアーヌが救い出そうとするお話。

地下室に閉じ込められていた青ひげの妻たちは、アリアーヌに励まされていったんは城から逃げ出そうとするのに、殺人鬼扱いを受けて襲撃された青ひげが負傷すると、なぜかあきらめて5人とも城に残ることを選択するのです。

今回の演出では城を1950年代の工場に置き換え、アリアーヌはジャーナリストらしき設定になっているので、連続殺人事件の真相を探るため都会から僻地にやってきた、自立した女性が虐げられた女性を解放しようとするフェミニズム劇、しかしそれがかなわない不条理劇、と見ることも可能です。

そしてそれは、きらびやかさが重なり合って流れるような、それでいて重厚な音楽や、すばらしい歌唱のうえに熱演の主役ソプラノ、デボラ・ポラスキの存在感があってこそ、寓意が際立つのかもしれません。

100年前の作品ですが、今後創作意欲をかきたてられた演出家がきっと現れて、また違った『アリアーヌ』をみせてくれることを期待しましょう。