その恋愛は個人レベルにとどまって権利を主張せず、社会の問題として解決を図ろうとはしません。それに引き換え『ミルク』は、同性愛者の人権を確立させるべく闘った実在の人、ハーヴィー・ミルクの最後の8年間を描いて、政治とは何かを正しくとらえ描いた映画だと思います。
ゲイに限らず人権獲得の最初のハードルは、多くの場合カムアウト、つまり自分自身の勇気が試される課題です。これを乗り越えなければ先へ進めません。
1970年、サラリーマンだった40歳のハーヴィーはニューヨークで出会った男性と恋人同士になりますが、ふたりがカムアウトし地域に根を下ろして生活するには、開放的な西海岸のサンフランシスコに移り住むことが必要でした。そこで「自分らしく」生きることを確立してゆく彼ら。
新しい土地でカメラ店を開業するとその地域にはゲイの人々が集まるようになり、そのうち自由と人権を求めるマイノリティーたちも加わってのコミュニティが形成されていきます。携帯電話もインターネットもなくても、仲間を求める強いきもちが情報を伝達し人と人を結びつけるんですね。
コミュニティの代表としてミルクはやがて政治家をめざし、3度の落選を経て市政執行委員(スーパーバイザー)に選出されます。この公職は議員よりは市長直轄の職員、会社でいうなら重役に近いポストのようです。
同性愛者差別を禁じた法律を守る活動のなかで、彼は自分で予感していたとおり暗殺されてしまいます。市庁舎隣のオペラハウスでプッチーニの『トスカ』を鑑賞した翌日、対立する同僚の執行委員の銃弾に倒れます。
随所でさりげなく使用されている『トスカ』の音楽が、この作品の味わいを深くしています。しかし何といってもこの映画の魅力を決定づけているのは、主役を演じたショーン・ペンでしょう!その俳優としての力を存分に引き出したガス・ヴァン・サント監督は自身が同性愛者だそうです。