この日、『エレクトラ』の初日はいつにも増してカメラの数が多いと思ったら、ドイツのメルケル首相夫妻が正装して報道陣に囲まれインタビューを受けているのが見えました。周辺には見るからにSPという感じの目つきの鋭い男性群も。
『エレクトラ』は、ソポクレスのギリシャ悲劇をもとに、20世紀初頭に活躍した劇作家ホフマンシュタールが台本を書き、リヒャルト・シュトラウスが作曲した1幕のオペラ作品。王妃である母クリテムネストラが父を裏切ってその弟と通じた不義に怒り怨念にとりつかれた王女、エレクトラが復讐を果たすまでの物語です。
姉に同調しながらもその狂気に恐れおののく妹、母殺しを実行する弟・・・と、王家の血なまぐさい家庭内悲劇は、舞台芸術家の創作意欲をかきたてるテーマに違いなく、その時代の不安や世相を反映した作品として提供されることの多いオペラのひとつです。
今回の新制作版も現代の一場面を映し出した舞台といってよく、城のセット全体が天災か戦争のあとのように大きく傾き、すでに廃墟と化したようにコンクリートがごつごつした肌をむき出し、灰色一色の世界で物語が進行します。
幕が上がってそのセットが現れた瞬間に、演出家がこの作品から何を抽出して表現しようとしているのかがわかる、優れた舞台だと思いました。
また今回の『エレクトラ』で発見したのは、この作品中で最も難しい役は主役よりもクリテムネストラのほうだということ。誇り高き王妃にして過ちを犯した女であり、かつ娘に呪われ息子に殺される母親である彼女こそ、複雑な心情を表現するだけの力量が求められる役なのだと気がついた次第です。
ワーグナー歌いの名メゾソプラノ、ワルトラウト・マイヤーが見事にその難役を演じ、歌いきって観客の喝采を浴びたのはもちろんです。