オランダとベルギーの旅、「日本のシンドラー」の息子さん夫妻のこと②

アントワープ市内のレストランで 杉原さんご夫妻と

アントワープは、『フランダースの犬』で主人公ネロが憧憬するルーベンスの絵を掲げた教会がある町です。その祭壇でネロが天に召される、という最終場面となった教会に行ってみましたがここもやはり5時閉館で、教会の中には入れませんでした。

ですが、この旅は別の意味で忘れられないものになりました。

私たちをアントワープに誘ってくださったのは、杉原伸生(のぶき)さん、第2次大戦中のリトアニアで、ナチスの迫害から逃れてきた多くのユダヤ人にビザを発行し救った外交官「杉原千畝」の息子さんです。戦後に日本で生まれ、高校生のときに単身イスラエルに渡って大学で学び、成人となってから従事しているビジネスの関係でアントワープに移り住み28年になるそうです。

いまは「杉原千畝=日本のシンドラー」の人道的活動が高く評価され、その功績をたたえる事業がさまざま企画されるため、千畝さんの意思を後世に伝える役割を果たすべく、存命するただ一人の息子として伸生さんの仕事はビジネス以外の方面にも広がっています。そしてまた、公私に渡る活動を理解しサポートする妻のエイシンさんの働きがあればこそ、と見ました。

杉原さん夫妻にはその日のアントワープ市内巡りだけでなく、翌日の世界遺産の街ブルージュ巡りにもドライブ付きで案内していただきました。「北のベニス」と言われるブルージュは、港町として栄えたものの、土砂が積もった運河を浚渫しなかったため交通が途絶えて歴史の発展から取り残され、おかげで中世ヨーロッパの街並みをそのまま残しています。

街角でモーツァルトを演奏していた若い音楽家トリオを見つけた杉原さんがエイシンさんにコインを渡して投げ銭を入れたので、私も真似して1ユーロをカゴに入れました。3人はきょうだいで「いつもここで演奏しているんですよ」と杉原さんは言い、彼らを応援しているようでした。

帰りの車中で杉原さんは日本のメディア関係者からなのか、「杉原千畝」のドキュメンタリー制作にかかわる打ち合わせの電話を受けていました。千畝氏のやったことは、外目にはわからないよう注意深く隠れて行っただけに、記録がほとんど残っていないそうです。

それだけに息子である伸生さんの活動は重要なものでしょう。千畝氏が国策に反して発行したビザ2,000余枚が6,000人の命を救い、いま10万人の生存につながっています。良心を持ち続け失わないこと。自らの行動規範をもち、それに忠実に行動すること。そのことを胸に刻みました。