沖縄にいまもつづく「戦後」を見る

総務財政委員会の視察にて

常任委員会恒例の行政視察として20〜22日、名護市と那覇市を訪れました。私にとっては初めての沖縄体験です。

名護市では、総合計画策定にあたって市民参画を採り入れた事例と、インターネットを使った地域情報発信システム、省エネ対策として「風の通る道」をとりいれた庁舎(写真)の3点が調査の項目。

那覇市では、庁舎の老朽化に伴う新庁舎建設にあたってリース方式を採用した点についてと、防災対策について、ISO9001認証範囲の全庁拡大に向けた取組みについての、計3点。

一番印象に残ったのは、台風の多い那覇での洪水対策に関する事業について。といっても事業そのものではなく、市内84か所の地下壕にまつわるエピソードのこと。おそらくは戦中に使われた地下壕です。

84のうち4か所は浸水対策として2011年までに埋め立てることになったものの、残り80か所の中には史跡として保存すべきものもあり、それぞれの価値を評価して対応を決めなければならないようです。

工事をしていて土中から遺骨が出てくることが今でもあるのだといい、とすればきちんと調査して慎重に進める必要があるのでしょう。埋め立て事業よりよほど大掛かりな事業になるものと思われます。

つい数年前には「沖縄にはないはずの」化学弾が土中から発見されたのだそう。戦後60年以上も土中に眠り続けと思われ、土壌や大気、地下水への汚染状況について環境省により調査が行われたとのことです。

まだ解明されない「戦後」がここには存在し続いている、ということです。