パレスチナ難民虐殺事件の記憶をたどるアニメ『戦場でワルツを』

2010年4月6日 00時11分 | カテゴリー: 映画・オペラ・おたのしみ

加害者側の兵士が見たものと見えなかったもの

光と影のコントラストのはっきりした、木版画か切り絵のような画像(右)が強烈なオーラを放つようです。アニメーションで制作されたドキュメンタリー映画、しかもテーマは戦争、虐殺。ディズニー、宮崎駿とも押井守とも違う、表現媒体としてのアニメの可能性を示したといえるのでは。

リアルなのに非現実的、幻想的な世界。この映画の重要な部分を占める、登場人物の記憶を描くのにこれ以上適した手法はなかったろうと思います。

主人公はアリ・フォルマン監督自身。イスラエル兵としてレバノン侵攻に従軍した経験が作品のベースで、登場人物もすべて実在するようです。

冒頭、凶暴な野犬の群れが町なかを疾走する場面は、戦友が語る悪夢の映像です。戦場の恐怖体験が夢にそのような形で表れるのだといい、ベイルートでおきた虐殺事件のことを語ります。しかしアリにはその記憶がない。

そこで自分が何を見、何をしたのか記憶が欠落していることに気づかされます。失った19歳の自分とその記憶を探す旅が始まります。かつての戦友を訪ね、戦場での体験を聞き集めて自分の空白を埋めようとします。

原題は「バシールとワルツを」。レバノン軍のカリスマ的指導者、バシール・ジェマイエルのポスターが街じゅうに掲げられたベイルートで若い兵士の狂ったように機銃掃射する足元がワルツを踊っているかのようなシーンからつけられたタイトルです。

ロマン・ポランスキー監督の『戦場のピアニスト』では、ナチス将校を前に主人公のユダヤ人ピアニストがショパンを弾く名シーンがありますが、この作品では、主人公をふくむ男3人が海水につかった後岸に上がって服を着る、一連のシルエットが印象的です。

戦場らしからぬ不自然な静けさ。不気味なほどゆったりした動き。それはおそらくアリ自身の心象風景に違いなく、ラストで突然、実写画面に切り替わって映し出されるパレスチナ難民の惨状との対比効果を上げることになります。加害者側にあった19歳のアリには見えなかった、虐殺被害者の姿です。