日常会話が反戦を描き出す 映画『紙屋悦子の青春』

『父と暮らせば』の黒木監督の遺作

『父と暮らせば』もそうだし『TOMORROW 明日』もたしかそう、黒木和雄監督作品の価値を高めている理由のひとつは音楽を担当した松村禎三氏の功績だと思っています。でもこの映画は物語が終わるまで音楽はありません。

なんと静かな映画だったことか。登場人物は5人だけ、効果音楽まったくなし、原作の戯曲そのままに場面はほとんど一軒の家の中で、カメラも人も動かない。抑制された画面で人物は口論することもなければ手を触れる場面もない。

でも、ヒロインの悦子と兄、その妻の3人が食料や物資の乏しい終戦間近の不自由さのなかでつましく暮らすようす、日常の何気ない会話から、戦争に対する静かな告発が浮かび上がります。

悦子が、自分の思いを寄せる少尉が明日は特攻で出撃すると知ってひとりで声を上げて嗚咽する場面は、全編で唯一、登場人物の感情が激したシーン。映画館の場内あちこちからすすり泣きの声が聞こえました。

配給の漬物、煮物の芋、何年も前の土産のお茶、とっておきの小豆で作ったおはぎ、アルミの弁当箱・・・そんなものを大事な小道具として、庶民の暮らしをいとおしむように食卓を撮ることで、監督のメッセージは伝わってきます。

4月にドキュメンタリー映画『三池』をみたとき、熊谷博子監督が「つい数日前に亡くなった黒木監督がこの『三池』をほめてくれ、それで上映にこぎつける自信がもてた。だからこれは黒木さんに捧げます」と目を潤ませて言っていました。

この映画は1945年3月から4月にかけての4日のできごとを数十年後に老夫妻(悦子と夫)が回想する形式で、最後の場面は4月12日です。そして黒木監督が急逝した日がくしくもこの4月12日。享年75歳だったそうです。