最高の『カルメン』体験をくれたコジェナーにヒロイン賞を ザルツブルグのオペラ便り③

もし好きなオペラを3つ挙げるとしたら『カルメン』は外せません。でも吉田秀和だったか、ある人の歌ったカルメンを「自立した誇り高き女性として造形した」と論じたレコード評を読んで以来、私のこの作品に対する認識が変わりました。

 田舎出の純朴な青年を翻弄し破滅させる魔性の女―という側面だけでない、自由な魂のほとばしるままに自分に正直に人生を疾走した女性。その根底にある、被差別民というレッテルを圧しつけた体制への抵抗。

 メリメの原作がどう描写しているか知らないのですが、ビゼーの音楽はそういうキャラクターをリアリズムで活写していると思います。私はこのヒロインへの思い入れをふくらませて、自分の理想的なカルメン像を誰が演じてくれるかと楽しみにするようになりました。

 今年ザルツブルクで歌ったのはマグダレーナ・コジェナー、チェコ人のメゾ・ソプラノです。オーケストラはウイーンフィル、指揮が夫君のサイモン・ラトルとあっては期待せずにはいられません。―結論からいうと、この日私は最高の『カルメン』体験をしました。

 セビリアの猥雑な空気感が漂う幕開けの群舞。 最初の指揮棒が降り下ろされた瞬間から、寸分のたるみもない緊張感あふれるオケ。ビゼーの音楽がこんなにも冗舌にストーリーを語っていたことにもあらためて感嘆します。ビゼーは初演での評価があまりに低くて絶望のあまり早死にしたのではと言われているなど信じられません。

 そして、等身大のヒロインをヴィヴィッドに歌い演じたコジェナーには、私から「理想のカルメン賞」を秘かに贈りたいと思います。