「女性が多いと困る」発言は社会を弱くする

東京オリ・パラ組織委員会の場で森喜朗会長が述べた「女性が多い会議は発言が長いので時間がかかる」という趣旨の発言は、女性蔑視との批判を受けて開かれた釈明会見でさらに「炎上」の材料を提供したばかりか、森氏を擁護する人の発言がこれまた耳を疑う内容で、ついに引責辞任に至りました。

<東京・生活者ネットワークは2月8日付で抗議声明を発表しました>

2月3日の発端からわずか数日の間にこの話題は世界中に拡散され、さまざまに報道される中で日本におけるジェンダーギャップの大きさが改めて諸外国から指摘される結果となっています。森氏の辞任で解決する問題ではないことは明白です。

2010年、私が杉並区議だったとき、区の防災会議に委員として参加していた時期がありました。防災会議というのは、災害対策基本法に基づいて設置される、区長・教育長をはじめとする行政関係者や警察、消防、各種鉄道などの公共機関・交通機関、区民の団体代表などで構成される協議の場です。31人の委員中私はただ一人の女性でした。

その日の案件は地域防災計画について。区が作成した計画案の内容について説明を受け議論するもので、私は災害時の避難所における女性特有の課題について女性の視点から防災対策を見直すよう提案しました。1995年の阪神淡路大震災が起きた後の避難所で性被害にあう女性が多くいたこと、それが10年近くなってようやく当事者から語られ出したことを引き合いにし、生理時のトイレでの始末や赤ちゃんへの授乳時の困惑など、女性に特有の事柄に対する配慮を求めたものです。

ところが私の発言を受けてある団体代表が「甘ったれすぎ。生理用品は自分で備蓄しろ」と発言し驚きました。私は生理用品のことも言ったけれど、女性の人権にかかわる問題があることに気付いてほしいと提起したのであり、解決のためのしくみを行政計画の中に位置づけてほしいと考えて発言したのです。

それから11年、この間にあらゆる場においてジェンダー平等や多様性の推進が当然のこととして、SDGsも追い風となり制度が整備されてきたのは事実です。けれど人の心の中はそれほど変わっていないことが今回ばれてしまいました。人が心の中で何を考えようと自由ですが、組織のトップが「女性が多いと困る」と発言するような社会は確実に後退するし弱体化すると思います。

 

*阪神淡路大震災で女性が受けた被害についての記事はこちら