姜尚中さんの説く60年代が映画『三池』に重なる

2006年4月17日 22時14分 | カテゴリー: 憲法・平和・社会

戦後日本の歴史を知ること

政治学者・姜尚中(カン・サンジュン)さんの講演と『三池』という映画をとおして、2日続けて日本の戦後について考える機会になりました。

杉並区教職員組合の歴史講座は、昨年の教科書採択結果を受けて始まったシリーズです。11月の初回は、俳優・米倉斉加年さんが小学校教科書に載った自作の『大人になれなかった弟たちに』を朗読し深い印象を残しました。

3回目の14日は姜尚中氏が講師でした。6カ国協議が不調に終わり対話外交の見直し論が台頭しつつあるこの時期、いま一度東アジアを見据えた平和構築の必要を、姜さんは一語一語かみしめるように、静かに熱く説きました。

朝鮮・朝鮮人を疎外して成り立ってきた日本の戦後は、朝鮮併合して満州国をつくった亡霊の跋扈によるものと言えまいか。併合を破棄した65年の日韓条約締結以降もそれは続き、99年の国旗国歌法以来、過剰の同質化に向けた沈黙が自らの行動を萎縮させるような社会をつくりだしている、という指摘はいま教育分野だけを見てもまさしくその通りだと思います。

氏の言うように、右肩上がりの豊かさとセットになった戦後民主主義が人間の欲望を限りなく拡大させる装置として働いたのだとすれば、経済成長を底辺から支えた産業や従事した人びとの歴史に目を向けなければなりません。

15日に観た熊谷博子監督のドキュメンタリー映画『三池』は、97年に閉じられた三池炭鉱の歴史をさかのぼり、「負の遺産」と言われる囚人労働、強制連行、労働争議、大惨事となった事故などを当事者の証言で描き出します。

労組分裂の争議が起きた59年から60年、400人以上の死者を出した爆発事故がおきた63年という、石炭産業が凋落しだした時代が、姜尚中さんの戦後日本論に重なります。当事者が自分の言葉で歴史を語ることの重さ、そこには血の通った人間の「いま」があることも、この映画は力強く語ります。

なお大牟田市が企画・製作協力しているとのこと。大牟田市長、やりますね。