都響と都美術館に親しむ~芸術に公的支援が必要なわけ

2014年9月26日 05時33分 | カテゴリー: 女性・ジェンダー, 映画・オペラ・おたのしみ, 杉並と東京都の教育と教科書問題

  東京都美術館の前で

芸術の秋。東京都交響楽団のコンサートと都美術館の企画展に行ってきました。

 都響は、東京都の助成金を得て運営される1965年設立の公益財団法人です。音楽的実績も実力も、都内といわず日本国内で有数のレベルと言ってよいと思います。

 9月某日の公演プログラムは、マルティヌーという作曲家による交響曲とカンタータ。指揮者は1981年生まれのヤクブ・フルシャ、いずれもチェコ人です。そればかりか4人の独唱者のうち2人はチェコ人、他の2人もプラハにゆかりのある人たちでした。

 チェコの音楽といえば、オペラ「利口な女狐の物語」のヤナーチェクがなじみ深い作曲家ですが、このマルティヌーも、ほの暗く陰影のある東欧的な響きとメロディーが印象的なところがヤナーチェクに似ていると思いました。

 客席の入りは7割ほど。でも選曲も演奏も魅力あるいいコンサートでした。カーテンコールの拍手の中、若い指揮者が指揮台から楽譜をとり上げて高く掲げたとき、自分と同胞の音楽家に対する尊敬とチェコ人としての誇りで、なんと輝いて見えたことか。

 他方の都美術館では、この7月から9月にかけて、メトロポリタン美術館の古代エジプト展が開催され、「女王と女神」にテーマを絞った企画に多くの観賞客が訪れました。

 古代エジプトの神々のうち女性の神さまは男性と同じくらいいたこと。しかし必ずしも出産や母性など女性特有の意味づけがされた神さまばかりではなかった…など、ジェンダーを考えるうえでも興味深い発見がありました。

 そして考えたのは、東京都が芸術にお金をかけることの意味について。

 芸術の価値は客の多寡によって決まるものでないこと、芸術を育てることは作品の芸術的評価によらず継続されなければならないこと。安定した支援によって芸術を守り育て、発信することも、東京都に課せられた役割だということ。

 どこかのテレビ局のように視聴率低下のせいで良質の番組を打ち切るなどは、本当の意味での財産の損失だということです。