「MOTHER」をみて考える 消された子どものこと

映画「MOTHER」は、実話をもとにした作品です。2014年に川口市で17歳の少年が祖父母を襲った強盗刺殺事件。映画は実際の事件の流れをほぼたどります。

近親者ならではの嫌悪や憎悪の感情が殺意に発展することはめずらしくないのが現実です。でもこの少年は、純粋にお金を取ることを目的に祖父母の元へ赴き、それを達成するために凶行に及ぶのです。

原因は生活の窮乏であり、被害者夫妻の娘である母親にそそのかされた行動でした。母親は息子が幼いときに夫と別れ、自分では働こうとせず行きずりの男や家族にたかって子どもを顧みずパチンコに耽るような、どうしようもない女性です。

そんな母親でも少年にとっては唯一の命綱であり、一時期、行政の支援でフリースクールに通うようになるのですが結局、安全安心な学びの場より母の元を選んでしまう。そして男に逃げられいよいよ生活に困った母が息子に両親の殺害と窃盗をそそのかす。

ホームレス同然で貧困を強いられながらも現実を受容し母に執着する少年と、虐待の一方で息子に頼りきりの母とは、危ういバランスで成り立つ共依存の関係でした。少年がなぜ逃げなかったのか。彼が最後につぶやく言葉と、タイトル「MOTHER(母)」が、この作品の核心を表していると思いました。

自堕落で同情の余地のない、およそ共感できない女性を、健康的なのびやかさが魅力の俳優、長澤まさみが熱量高く演じ、息子役を演じた若い俳優、奥平大兼は過酷な成育歴を背負った不幸を体現し存在感を放ちます。

実在の元少年は当時、どこにも住所がなく居住実態が把握できない、「居所不明児童」でした。この言葉が知られるようになったのはこの事件がきっかけです。

子どもは自分の力で居住実態を消したりしません。ほとんどの場合、親の都合で存在を消されてしまう子どもたち。川口の少年にそれをさせないためにどうすればよかったのかと言えば、「母子を孤立させない」ことに尽きるのではないか。改めてそう思ったことでした。