神戸、震災に見舞われて15年 そしてハイチ 

2010年1月17日 23時02分 | カテゴリー: 憲法・平和・社会

被災者「5万人から20万人」…

神戸1.17追悼の炎がともる
神戸1.17追悼の炎がともる
阪神淡路大震災が起きたあの日。日本の多くの人がそうであるように、私もその時のことを覚えています。当時の保谷市住吉町に住んでいたころ。朝起きてつけたテレビで何が起こったのかを知り、なぜかすぐに子どもたちを確かめなければと2階に駆け上がっていました。

東京で地震が起きたわけではないのに、3人とも無事とわかるとほっとし、テレビの前に座り込んでしまいました。米国に出張中の連れ合いから夕方になってようやく電話がつながったと連絡が入り、当地でも大きな事件として報じられたとわかりました。

その日から15年。1月17日、神戸で開催された追悼式典。失われた命を悼み今ある命をいとおしむように灯る竹灯篭や、その炎に手を合わせる人々のようすをニュースが伝えていました。当時ほどのにぎわいではないものの、見違えるように復興された神戸の町です。

このときに人々が助け合った体験がその後、ボランティア活動や社会的な非営利事業を育て、社会のしくみを大きく変える転機になりました。

そしてハイチ。カリブ海の島に大地震が襲ってから5日以上たち、被災者の救援活動が進まぬ一方で略奪や暴動も起きているという。命、水、食料を早く、早くなんとか手当てしないと。

報道で犠牲者の数を「5万人から20万人」と伝えられたのには声をなくします。阪神大震災の犠牲者は6,434人と伝えられています。その一人ひとりに生命があったのに、ハイチでは5万人から20万人。なんと大雑把な。

数が大雑把なのは、まだ全容が明らかになっていないということでしょう。それにしても甚大な被害です。助かる命を早く助け出し、息絶えた亡骸は早く埋葬するのはもちろん、とりあえずの秩序を取り戻し、ライフラインの確保が急がれます。